とある審神者の本丸

その審神者、旅先で寄リ道多し。

【京都弾丸924】唐門の鶴と血天井と名物おばちゃんと【豊国神社&養源院】


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京都弾丸924最終回になります。
今回は、二箇所まとめて〜〜!!!



高台寺( 【京都弾丸924】百鬼夜行と雲龍図堪能の巻【高台寺】 - とある審神者の本丸 )の後は、秀吉つながりで豊国神社へ!!京の軌跡(第一弾)振りなので半年以上経ってしまった....

信長、家康、秀吉...の中だと実は、秀吉結構好きなんですよね。理由?出世するため(金儲け)の戦略練りが上手いところが好きなんだよね(笑)

えええぇ、いかに上手く金が回って入ってくるか考えるの、大好きです♡考えるの好きだけど実践できてないんですがネェェ←

オカネダイスキー

こんばんは。あめんぼです。

とうちゃーく!!

実は、前回参拝した際、下調べ不足で気付かずがっくりしていたものがありまして...

国宝:唐門の鶴

それが、この唐門(国宝だよ)にいるんですが....

こちらです。
左甚五郎の目無し鶴と呼ばれています。めちゃくちゃリアルな彫り物をするって言われていた江戸時代の彫物師が掘った鶴なのですよ!!

有名どころで言うと...日光東照宮の眠り猫とかが彼の作品ですね。

あまりの出来の良さに、目があったら本物の鶴となって飛び立ってしまうと考えられ目玉を入れなかったなんていう逸話があるんだって。

その事を、2月の旅行から帰って来て知ったわけであの時は知らんかった2回も旅行中に行ったのに!!!って悔しかったのを覚えていて(^_^;)

ほんとだ、、、目がない、、、、、
ちょっと可哀想な気もしますが、この手の七不思議的なお話京都で寺社仏閣巡りをしていると良く出会うので興味深いですね。

唐門から先は立ち入り禁止で入ることができないんだけど、その先に拝殿、さらに先に本殿があります。

遠いーー!!

ちなみに、豊国神社のこの美しい唐門ですが、
京都の国宝三大唐門と言われています。

大徳寺西本願寺、、、そしてこの豊国神社の唐門。
いずれも安土桃山時代に造られたもので、桃山の三唐門とも呼ばれているんだって。

大徳寺の唐門は一度見た事があるんですが、西本願寺はまだ近くで見た事ないんですよね。(タクシーで、サーッと通り過ぎた系(笑))

扉の鯉の彫り物もリアルですよ!



参拝終えて社務所へ向かったら.....

あれ....なんか増えてる(しかも合作してる(笑))

脇差コンビもおりました。徳川美術館の開催記念イラストだ〜〜!!サラッとブログ書くの諦めて飛ばしてますが、実は2振り見に行ってます(笑)


スケールフィギュアもいるやないかーい!!
なんか色々増えとる....(笑)

豊国神社御朱印&刀剣御朱印(骨喰藤四郎)

豊国神社御朱印

刀剣御朱印:骨喰藤四郎

9月30日までだったし、ギリギリ刀剣御朱印いただけてよかった!!

豊国神社 詳細&アクセス

〒605-0931
京都府京都市東山区茶屋町 京都府京都市東山区大和大路通り正面茶屋町530
社務所受付時間:9:00〜16:30
Web:https://twitter.com/toyokunishrine?lang=ja


行きたいのは山々だけど、京博は、、、通り過ぎて、、、


三十三間堂のお隣にあるお寺へとむかったわけですが、ぎゃー!!豊国神社時間取り過ぎちゃったよ(´・ω・`;)慌てて拝観受付を済ませる。なんとかギリギリ潜入成功だぜ!!!

養源院

血天井と、俵屋宗達の襖絵があると聞いて、今回やって来ました。

血天井の看板。ちょっとドキドキする。
弾丸924の後半は、秀吉とその周囲の人々に関わる場所をまわっていたのですが先程は、正室の"ねね様"でしたが、こちらは側室の"淀殿"が作ったお寺です。

淀殿の父"浅井長政"の追善供養のために21回忌法要の際、秀吉に願って創建。

その後、豊臣家も滅亡し時代も徳川の時代になっていくわけですが養源院も創建から25年後に、落雷で消失してしまって、淀殿の妹のお江(徳川秀忠の正室)によって、再建されます。

創建した豊臣家→桐紋
再建した徳川家→葵紋
娘、和子が後水尾天皇中宮として入内→菊紋

と、この3つの紋が並ぶお寺は、日本ではこの養源院だけなんだって。

歴史的背景をなぞっていくと本当にいろんな出来事があった時代なんだけど様々な思いやら策略やらがあって今に至るお寺なので色々書きたいところではあるけど、また次回訪れた際このあたりのことはまとめて見たく思います。

何故なら...今回のブログだけだと色んな矛盾点が多々あるんだけど経緯やら説明やらまで書くととてつもない長さになっちゃうから小出し小出しに、、、ね(^_^;)



※拝観終了後に撮影したので柵がありますが本来は無いです。


あれっ?結構人いる。予想外に人が....
10人ずつ位のグループが2つ...手前でガイドを聞いていて奥は、座ってる。(休憩してるのか?)

ど、どういう順路で行けば---....


『おねーさん今から?受付済ませたらあそこの奥にいる人達と一緒に案内するから待っとってね!!』


ふぁっ!?めっちゃテキパキしたオバちゃんに促されそちらへ行こうとしたら、



『じゃぱにーずおんりーやでー!!』


外国人観光客追い返したぁぁぁ(^_^;)
なんだろう妙にこの方から浪速の気配を察知するんじゃが(笑)

間違いあるといけないので、フォローしておきますが、外国人お断りってわけじゃなくて日本語だけだからね、翻訳ないからわからんかもしれんよーのじゃぱにーずおんりーやでー!だと思います。念のため。



拝観記念にポストカードを貰えます。
わーい!!宗達狛犬だ(*´ㅂ`*)嬉しい!


暫くすると案内を終えたおばちゃんが、バタバタと走ってきまして、、、、

お待たせお待たせ〜ゴメンネェ

とわちゃわちゃやって来まして、このオバちゃんに面白いなぁ。テンポ良くて好きですwお寺なんだけども、なんか妙に騒々しくて(笑)

どうやら、こちらはこのおばちゃんが案内人になって一部屋一部屋案内していくシステムのようで、ある程度人数が出来上がったら1つのグループにまとめてガイドをしていく完全入れ替え制といった感じ。自由にあっちこっち見たり2周目を見る事は出来ないようです。

わたしが行った回は、そう見受けられたけど空いてる時は、もしかしたら少しは自由に見えちゃったりとかするのかも?内部撮影はNGとなっています。


この案内が、シュールでして...オバちゃんが、ラジカセ持って歩いてるんですが、エリア毎にガチャっと再生ボタン押してまず最初に録音のテープを流すわけです。

年配の男性の声(住職?)の説明が終わると手動でまたガチャっと停止、オバちゃんが補足案内をするというスタイル。

テープ、ダメになったらどうするのだろう...とか余計な心配しちゃう。

"左側に"→"ひだりっか↑わ↓に"
"右側に"→"みぎっか↑わ↓に"

っていう京都独特のアクセントで喋る男性の音声、かなり古い音声なので聞き漏らさないように、皆静まり返って聞いていたのが印象的だった。



来年以降から修復が始まる?

補足説明の途中で、案内人のおばちゃんの口からこんな言葉が出てきました。

養源院に行ったことがある方はわかるかもしれないですが、壁や扉等かなり傷んできていますが、なかなか修復工事をすることができなかったそうなんです。来年以降(はっきりとした開始時期がわからないため以降とします。)から綺麗にする予定ですよ。と言ってました。

3〜5年後にまた来たらこの壁も見違えるように綺麗になるって言っていたんだけど、、、と、いうことは規模がそこまで大きくないお寺さんですのでもしかしたら修復時は非公開になる可能性もあるかと思います。

京都旅行に行く時に三十三間堂に行ったならすぐ隣の養源院、行ってみようかなと思った方は、早めに行かれてみると良いです。(わたしが今まで参拝した寺院の中で際立って堂内が真っ暗いので怖さを感じる人は....いるかもですが(^_^;))


養源院と俵屋宗達

養源院で有名なものと言えば、俵屋宗達の杉戸絵です。もらったポストカードの狛犬宗達のもの!!

宗達といえば....

風神雷神図が有名ですが、ここ養源院の白象図(重文)も有名。

切手好きな方はもしかしたら持っていたりするかな?ここ最近だと、"日本に京都があってよかった"シリーズで切手化されています。

この白い象が、養源院の白象図。あと狛犬も同じく。

上で、触れた落雷による消失後の再建にあたって、当初は狩野派に絵の依頼をしていたんだそうだ。待てど暮らせど狩野派絵師の制作が進まない事に業を煮やして、いい絵師はいないか、、、と探させた所、当時無名だった宗達にたどり着いたのだとか。

これが当たって大胆で独創的な宗達の杉戸絵が完成したわけで、これが宗達出世作となったわけです。

展示方法や襖の開け方が計算されていて、迎え入れる時は"ようこそおいでくださいました"と頭を下げた象が見えるよう襖を開け、客人が帰る時は、"またおいでくださいね"と、象が見送る、、、という襖を開ける時それぞれ一頭ずつ象が行動によって(迎える見送る)襖を開ける方向を変えて象を見せた、、との説明を受けたのですがもしかしたらいろんな説明が混じっちゃってるかも(^_^;)

この象と向かい合わせの状態で展示されているものは麒麟、その裏側は狛犬(獅子?)なんですが、様々な対(陰陽)が襖絵に描かれています。

麒麟や白象を描いた理由は様々な説があるようだけど、供養のためにこれらが描かれたと言われていますが、この杉戸絵がある空間を見上げると頭上にあるのが、血天井なんです。



血天井 鳥居元忠の最期の姿

伏見城の戦いで、鳥居元忠率いる1800程の兵が、石田三成率いる40000の軍勢の足止めをして、最期には残兵(380余名と言われています)とともに自害し数ヶ月そのままの状態だったそうです。その為、どんなに洗い流しても血痕の後は消えなかったんだとか。

最期まで忠義を尽くした鳥居元忠ら兵士の霊を弔う為京都で8つのお寺に分散し天井として祀られています。

司馬遼太郎の"関ヶ原"で、家康と元忠の今生の別れのお話は描かれていますが、幼馴染に死んでくれと頼む側頼まれた側それぞれの気持ちを考えると複雑な気持ちになります。

おばちゃんが、竹竿を使って、ここが頭、ここが身体でこれが鎧...これが肩の部分でこういう体制になって刀を持ちながら倒れたんだろうって説明していくんですが、

説明されると、段々と浮き上がってくるようなそのシミに、切なくなってきます。誰かの為に命をかける、今の平和な時代に生きている私達にはなかなか理解しようにも想像で、しかできないけれど戦乱の時代は並々ならない忠義だとか精神力だとか私達には計り知れないものがあったんだろう。


薄暗い鶯張りの廊下、歩くとホケキョホケキョと鳴きますが、本来、鶯張りの廊下って防犯が目的だと思うんだけど、わたし、ここは供養のために鶯張りの廊下をこの位置に張ったのだろうなと。

法華経 法華経(ホケキョウ ホケキョウ)と歩くたびに経を唱えたかのようになる、ってわけで、我々が通れば通るほど、供養していくわけである。

まぁ、どこにもそんなこと書いてないから、本来の防犯目的だけなのかもだけども、、、、



この鶯張りの廊下は豊国神社の目無しの鶴を作った作者、左 甚五郎作なんですって!!


感慨深くなっていたところで、
何故か入り込んできちゃった観光客に向かって、

『ちょっとちょっと!もう終わりよ!?なぁに?貴方達もう〜〜!ええっ?見たい?しょうがないわネェェ!おばちゃん帰れないやないの!!明日休みやししゃーないわねぇぇ!!もう一回やらなあかーん!』



おばちゃんの賑やかい声に、ふはは...と、本当だったらラスト組だった私達グループは笑ったのであった。


養源院御朱印


書き置きの半紙での授与になります。

養源院詳細&アクセス

〒605-0941
京都府京都市 東山区三十三間堂廻り町656
参拝時間;9:00-16:00
拝観料:500円
所要時間:30〜45分
web:http://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=1&ManageCode=1000229


養源院の境内には、こんな味のある井戸や、

凛々しい狛犬さんもおりますよ!!


当然ながら....三十三間堂は終わっていた。


またの機会に(笑)



京都弾丸924 完!!!



ではまた!!